サカナ



貴様は、何だ?
気高き声が私にそう問うた時のことを、私は忘れないのだろう。

鏡に写る自分の姿を、そっと人差し指で撫でる。
彼ら"化け物"は鏡に写らないというのに、"私"は意図してでなければ鏡に"しか"写らない。
したがって私は彼らと同じモノではないのだという考えを私はいつでも抱いていた。
かつて人間だった自分。
では、今は……?
そうして思考の海に潜ろうとするといつもまるで拒絶するかのように頭部に疼きが生まれる。
心が望んでいないのか。
理性が望んでいないのか。
それとも、本能が望んでいないのか。
それはこのぐちゃぐちゃと音を立てそうなほど入り乱れた自分の世界では一生をかけてもわかることはなさそうだったが、それでもかまわなかった。
この疼きは、とても甘い。
目を閉じそれを味わう一時。

カタッ

無粋、とはいえないほど小さな音がし、部屋の窓が開いた。
目を開けなくてもわかる、そこから入ってくる影。
毎回のことだがこんな夜更けの窓からの訪問など。
「だから貴方を私は貴族と認めたくないのです」
目を開きそちらを向いてそう言うと、彼は鼻で笑った。
「人間の与える地位など興味ないが、もらっているのは事実だ」
こちらに向かって歩く彼の肩の上で、銀色の髪がさらさらと揺れる。
「所詮元海賊の国。この芸術の国と違い本当の価値がわからないのでしょう」
視線を合わすことを疎いその髪を眺めていると、彼はすぐ目の前まで辿り着いた。
いつもそうだ。
全く動かない自分と、淀みない歩みで近づく彼。

「元なんて関係ない。大事なのは"今"だ」

そして、交わる口付け。
「…っ!」
彼は合わさるだけのその後いつものように私の下唇を血が出るほど強く噛み、
背中に腕を回すと見せかけて猫の子を持つように後ろ襟を掴んで持ち上げた。
以前なんでそんなことができるのかと確保できない気道の恨みをこめて聞けば、
吸血鬼とは怪力なものだし幽霊の貴様にはほとんど体重などないだろう、と馬鹿にされたように言われたことがある。
そして今日もそのまま軽々と日ごろ自分が使っているベッドに放り投げられてしまった。
「……するんですか?」
決定事項と知りつつ一応尋ねれば
「嫌か」
と疑問符もつけずに返される。
しかしここで嫌だと言えば彼は帰っていくだろう。
けれどもしそうなったら私は

「…嫌じゃないです。きて、ください」

消えて、しまうかもしれない。

元々答えをわかっていたはずなのにしっかりと私の返答を聞いてから彼は動き出す。
そうしてまず最初に、彼は私の仮面をはずすのだ。
次に宴も何もない今日、黒のスラックスにYシャツだけだった私の衣服を彼がその細く長い指で脱がしていく。
Yシャツが脱がされ、スラックスのチャックが下ろされとき、彼の手が一度止まった。
「……また下着をはいてないのか」
そう言う彼の視線の先、スラックスのすぐ下にあるのは生きている人間とは全く違う、肌の色。
「どうせ入浴の時かこういう時にしかスラックスを脱がないですから」
それがどうした、と言うニュアンスを含ませながらそう告げると、彼はため息をついてから再び手を動かし始めた。
しっかりと足元まで下ろしたスラックスから、彼の手で足を一本一本抜かされる。
足を曲げて、戻されるその行為は常に何故だか私をひどく興奮させた。
それがわかってるから彼はとても時間をかけ、丁寧にそれを行う。
今日もゆったりと行われるそれにとうとう私は耐えられなくなった。
寝ていた上半身を起こし、この腕で彼を掴むと思い切り引き寄せ口を合わせる。
閉じられていた上唇と下唇の間をそっと舌でなぞれば薄く開き、すかさずその中に舌を忍びこませた。
彼のものと自分のものとを絡ませながら今日初めて目を合わせようとすれば、ひどく楽しそうな彼の目とかち合う。
そして彼は口を離さないままネクタイをシュルリと外し、Yシャツのボタンをひとつひとつ外していった。

ドサッ

彼のYシャツのボタンがすべて外されたのを見届けると彼がYシャツを脱ぐのも待ちきれず自分の身を倒し、彼も道連れにする。
深い口付けをしたまま、横たわる私の上に彼が覆いかぶさった。
私の足の間に、彼の片膝がある。
その片膝を何とはなしに見つめながら、私は彼の歯列をなぞった。
離せ。
そうしているとほんの少しだけ力を入れて舌を噛まれ、渋々彼を掴んでいた腕と口を離す。
彼はちょっと笑ってみせてから今度は私の首筋に口付けを落とした。
強く吸われ、鬱血の跡がポツリ、ポツリ。
栄養も排泄も必要としていない、終わりのない命の自分に血が通っているのかと思うと、少しおかしい。
このまま何もしていないと笑ってしまいそうだと、ベッドについていた彼の腕の片方を取り上げそこに自分も鬱血を残し始めた。
彼の目が、きらりと光る。
「どうせなら指を舐めておけ」
彼は一旦顔を上げると私の口の中にその細く長い指を突っ込み、そして今度は私の胸の果実に口を寄せた。
「あっ…ふ、ん……」
思わず漏れた声を、指を舐めることで誤魔化そうとする。
しかしすでに経験ある快感に体はひどく従順で自然と腰が浮いてしまった。
その瞬間、彼の腕が腰の下にもぐりこみ腰を掴むと、私を思い切り下に引っ張る。
「あぁっ!!」
私の性器が、今だズボンを穿いたままの彼の膝にぶつかった。
「はぁっ、ん……やぁぁ!!」
そして彼が膝を動かしそのざらざらと固い肌触りの生地を擦り付けてきたために、私はあっけなく一度目の開放を遂げてしまう。
その瞬間、声をあげる前に彼の指を噛んでしまったのだが彼は気にしていないようだった。
「……早い」
「なっ…!!」
私のモノがべっとりとついた己のズボンを見ながら呟いた彼の一言に思わず顔が赤くなり、反論しようと口を開く。
「ひゃっ!」
しかしすぐに後ろにするりと入り込む感覚があり、私は何も言えなくなってしまった。
恐らく先ほど出した私のものを使ったのだろう。
時たまくいっと曲げたりくるっと内壁をなぞったりしながらスムーズに出し入れされる、彼の指。
いつの間にか腰にあった腕は私のお尻の方へと回っていた。
「ゃ、だめぇ……」
そして先ほど舐めていた指で胸の方をいじりながら腰骨の辺りをぺちゃぺちゃと舐める彼に、思わず甘い声を漏らす。
「あっ…ん!」
すると、彼はそれに指の数を増やすことで答えた。
「ゃ…、ふっ……、んっ!」
水音と自分の嬌声しか聞こえない、なんてことはない。
自分には、何ひとつだって聞こえてはいないのだと、私は思う。
自分の声も、水音も、彼の乱れた呼吸も、全てが愛しいと思うのに、全てが遠くのように聞こえる。

まるで、海の中にいるように。

段々と舐める箇所を上にずらし再び首元に戻ってきた時、彼が私の中からいつの間にか更に増えていた指を引き抜いた。
「入れるぞ」
その言葉に、ただただ頷く。
「ひぁぁ…!!」
体の中に入ってくる、熱。
これだ。
栄養も、排泄も必要ないけれど、自分はこの熱で生きているのだ。
そう悟った瞬間、彼が律動し始めた。
「あぁ…!ん、ね……、もっとぉ……!」
彼に動かされながら、自らも腰を動かす。
すると首元で彼がくすりと笑ったのがわかった。
ほぼ条件反射でそちらを見ようとしたのだがその前に背中に両腕を回され抱き込まれてしまい、目に映ったのは、銀色の髪。
彼が耳元で囁く。
「お前は、何だ?」
それは、どこか苦しそうで、でも愛しそうで。
「あぁぁ……!!」
返答をする前に一層強く突き上げられ果てると、中で一瞬遅れて彼が果てるのがわかった。
私はそれをまるで吸収するかのように更に締め付ける。
「……くっ!」
彼が、小さく呻いた。

私はきっと


銀色の海に住む魚