水魚
沈殿する。沈没する。沈溺する。
泳げない魚は死んでしまう。
魚に生まれど泳げぬ僕を助けてください。
「これはとても下らない話で、イコール聞き逃して頂いて結構なんだけれど、」
「なら話すな」
吸血鬼サマは手元の髑髏に装飾を施す事に夢中。
レプリカなんかじゃなく、本物。
緻密な蜘蛛のタトゥー、眼窩に嵌め込んだドライフラワーの薔薇。
口に咥えこんだロザリオ。
悪趣味だ。
長い爪でそれが飾り付けられていくのは見ていて悪くはないけれど、退屈は退屈。
今やっているのは彼の寝台を占領すること位。
何度も何度もシーツの海に浮かんだり、沈んだり。
海難事故よろしく手だけ出してみても気付いてくれやしない。
さっきから何人が溺死した?
10人過ぎてカウントを止めた。
「君が好きな話だよ」
「美味い血が飲めるとかいった類いか?」
「や、違うけど。……違わないか」
間接的にはそう、なる?
対象が僕であった場合の話。
これは話に拘らず決定だから矢張り違うのか。
ま、いいや。
それより本題。
「ユーリは海を渡れる?」
伝承の吸血鬼は流れる水が苦手。
川もだし、海も渡れない。
だからどうって話なんだけど。
「つい最近船旅をしたのを忘れたか?」
ユーリは相変わらず髑髏を弄るのを止めないで言う。
それでも聞いてくれてはいるからまだマシな方。
「あぁそうだったかしらん」
と、全く覚えが無い僕。
彼の観念で云う最近、は僕の記憶の及ばない範疇だったらしい。
「それでも泳いだわけじゃあ無い、ね」
「そんな事をする奴は馬鹿か物好きだ。羽根があるのに無駄な体力を使う必要が何処にある?」
「ご尤も。失言でした。じゃあ質問を変えるよ。君は泳げる?」
「知らん。試した事がない」
「じゃあ駄目だ」
「何がだ、」
「溺れる僕を助けに来ることが出来ない君は僕を見殺しにするしかないの」
シーツの海。
ひとしきりもがいた後で沈黙した。
沈んで沈んで沈んで。
息が出来ないから死んで、
「僕は見殺しにした君を一生恨むよ」
掻き抱いたシーツは僕の体温を奪う。
拗ねたように見えたかもしれない。
身動きしない彼を横目で覗きながら溺れる。
冷たい冷たい闇の底。
胎内への回帰。
海は生であり死である。
静寂は、嗚呼なんて残酷。
「……、よくわからんが、」
ここでようやく、怠惰な吸血鬼は僕に手を差し延べる気になったらしい。
心地良い靴音が床を撫でる。
「お前が溺れているのは私だろう?」
………………ナルシストめ。
「違うのか?」
「違わないと言って欲しい? 同意を求めているようじゃ、君の自信もまだまだだね」
そりゃあ違わなくはないけれど、肯定なんて。
「ただの脅迫だ。お前が私以外の何かに溺れるようなら厭でも助けてやる」
頭から被ったシーツを剥れた。
一番に見たのは君の、笑顔。
最悪のインプリティングだよ全く以て。
「それは、どうも」
人工呼吸のキス?
陳腐な映画なんかじゃないんだからそんなことより、
「なら抱いて頂戴よ」
水魚の交わりなんてよく言ったもの。
本質は溺れあうだけ、だ。
さぁ、干涸びる迄。
END
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Junk-boxの稀楼様より相互祝いに頂戴しましたユリスマ。
一度読んで、にやにや。
二度読んで、ぞくり、と。そんな。(は
本当、人様のユリスマは堪りませんね。
我儘言ってユリスマお願いした甲斐が有りました。
今感想冷静に打っているつもり(…)ですが内心はしゃぎまくっております。←
あああああ本当御馳走様でした。大好きです。
これ程私の好みにぴたりと嵌る方久しくお目にかかって居なかったので、嬉しさも一入です。(ユリスマ求めて云千里
有難う御座いました!そして今後も仲良くしてやって下されば、至極至極、幸い。