一仕事終えて一服。
声は、頭上から降る。

「一本頂戴な」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自分で買って来たら如何ですか」
「いやぁ、金忘れちゃって。ん、ほら、頂戴」
「あんた其れでも神ですか」
「神だからこそ皆に恩恵を賜るんだよ。知らねぇの?」
そんな極めて有り難味の無い神様、初耳だ。
「知りませんよ、そんな倫理」
「まぁまぁ、そんな煙草の一本や二本で細かいこと云うなよ」

にゅ、と上から手が伸びて、Kの口元から煙を揺蕩わせている其れを
音も無く奪った。

「間接ちゅーな」
「・・・・・・・・」

文字通り呆れて物も云えないKを他所に、Mは一口
大きく其れを吹かす。
先端が炎を出さずに灰と化す。

「へぇ、随分とまた軽いの吸ってんね」
「あんたには関係無いでしょう」
「まぁね」

云って、また煙を吸い込む。その様子からして此方に返却する気は
毛頭無いのであろうと、Kは溜息を零した。

「どした?」
「・・・・いーえ・・・」

吸い終わったら帰ってくれるだろうか、とか
何でこの人は何時も態々気配を消して現れるんだろう、とか
大体この人曲がりなりにも神様だろうに、こんな所に居ていいのか、とか
色々思っていたら、

「問一の解答、その胸ポケットに入ってる箱ごとくれたら帰る。
問二の解答、さり気無く毎回びびってくれるKが面白いから。
問三の解答、暇じゃあないが愛しいKと一緒に居る時間位なら
いくらでも捻出出来ちゃうから」
「・・・・・・・・ご丁寧にどうも」

じゃあ箱ごとあげるんで帰って下さい、とは云えなかったのは
別に彼がけちだからでは無いのだろう。

しかし、まぁ、
よく、こんな場所で、ノーコメントの侭一服できるな、と思う。
自分は慣れているし、この状況を作ったのも、自分自身であるが故に
全く気にならないが、彼は違う。
彼自身が生み出し、管理し、見守っているはずの其れが、今、
眼前で機能停止を起こしているのだ。
何も云わない、何も感じないなんて、有り得るのか、有り得ていいのか。

「有り得るさ」

さらりと、彼は無表情で答える。
こういう顔を見るのは、初めてじゃあない。
彼は、怒っているのだ。
其れを、Kは知っている。

「そもそもお前のその神様の定義が間違ってるぜ。
神は、守りはしない。目の前で人間が死のうが友人の手が鮮血で染まろうが、
関係しない。関係ない。
箱庭を眺めているだけだ。
眺めてるだけだから例え箱庭が崩壊したって全く俺の知ったことじゃあない。
それが、神だ」

吐き出すように捲し立て、吸い終わった吸殻を此方の足元に転がる
銃殺死体の方へ落とす。
途端、死体は油も掛けていないのに勢い良く炎上し始める。
火の粉が、顔面すれすれにまで飛んでくる。
其れを微動だにせず見ていると、不意に、
何時の間にか隣に移動していたMに押し倒された。
条件反射で意思に問わず向けようとされた銃口は
その手でやんわりと下ろされる。
アスファルトに強かに打ち付けられた腰がずきりと軋み痛む。

「・・・・・・・・・痛いんですけど」
「あぁ、悪ぃ。此れでも加減したんだがな」

絶対この人微塵たりとも悪いなんて思っちゃあいないのだろう。

「・・・・つうか、いきなり何さらすんですか」
「厭、ほら、火の粉でKの綺麗な顔が傷物になっちゃあ大変だから」
傷物て。
「別に構いませんよそんなの、女じゃあるまいし。とっとと退いて下さい」
「俺は構うね。ほら、少し火傷してる」
此方に顔を近付けるMを横目で睨みながら
そんなのねぇよ、と毒付く。
其れが、命取りであった。

「・・・・・・ぅ・・・」

当然のように、口付けられた。
慌てて引っ剥がそうにも、その細身の何処から湧いたのか、
強靭な力で肩を押さえつけられたために、叶わない。
良く考えれば、人間が神に敵う等有り得ないことだったが
今はそれどころでは無かった。

「っふ・・・ぅ」
不自然なほど自然に差し入れられた舌を
少し迷って、
強く噛んだ。

「っで・・・・・・」

情けない声を上げて反射的にMが身を引く。
じわり、と口内に厭な鉄臭さを感じた。
遣り過ぎたか、と微妙に後ろめたい気持ちに駆られるが
正当防衛だと無理矢理自分を納得させる。

「本気で噛むなよ、痛ぇな」
「・・・何が、火傷してる、ですか。変態かあんた」
「お前が無防備なのが悪ぃんだよ。俺は悪くない」
「・・・・・・・・・・・・・・・撃たれたいんですか」
「ヤだよ、服汚れるじゃんか」
「死ねよ」
「おぉ、味わえるものなら一度くらい味わってみたいね!死!」

大仰に腕を広げて云うMに、黙って再度銃口を向ける。
が、打ち出された鉛の塊は、狐を模った彼の左手に喰われた。

「・・・・ありかよ」
「ご馳走様でした。無駄だよ莫ぁ迦」
態々、さも狐が喋っている様に手を動かしながらそう云って
Mは手の平を此方に晒すように手を開いた。
鉛弾は、何処にもなかった。

「・・・・・・・・」

もう厭だこいつ。
溜息を態とらしくついて、立ち上がる。
それに続いてMも、立ち上がる。
「・・・・・・帰らないんですか」
「帰るよ。Kん家に」
「・・・・死ねよ」
「死んだらKとあんなことやこんなこと出来なくなるじゃんかーいいの?」
「いいです」

あんなことやこんなことって何ですか。

「・・・・・・・・・・・貴様の家に、帰りやがって下さい」
「やーだーねー」
「・・・・・・・」

胸ポケットの箱を取り出す。
半ダース位は、残っているだろう。
それを、Mの方へありったけの殺意を込めて投げつける。
無論それは苦も無く受け止められた訳だが。

「何、くれんの?」
「其れやるんで、帰って下さい」
「えー何でよ」
「あんたが云ったんでしょうが」
「・・・あちゃー、俺様失敗」

知るか、早く帰れ。
どうせ云わなくても伝わるのだろうと思って、心の中で呟く。
それを、聞いたのか否か、Mは一本咥えて火を点す。

「まぁ、有難く戴いてやるけどよ」

云って、軽く地を蹴ったその体は、中に浮いた。

「んじゃ、またね」
「またねじゃねーよ、一生来んで下さい。
次その面見たら頭吹っ飛ばしますよ」
「可愛くねぇなぁ。俺ツンデレより純情な妹萌えなんだけど」
「知りません。一刻も早く失せて下さい」
「へいへい。分かりましたよっと」

すぅ、と足元から腰まで一気に光に掻き消える。
毎度乍ら気持ち悪いな、と思った。
人外は、好きじゃあ無かった。

「バイバイ、K」

消え際に此方の唇を掠め取るのを忘れなかった彼に、一言云った。

「今度一箱奢りやがれ」

にやりと口の端を歪めて笑う彼を尻目に、既にケシ炭と化した死体を一蹴した。





fin.