時には母の無ひ仔のやうに


少女は僕に云った。
自分は僕のことを愛しているのだと。
しかしながら僕は其の少女のことを微塵も知らなかったし
愛しても無かったので、丁重に其の申し出を断った。

「愛してるって云ったって、君、全身髪から爪まで蒼い透明人間を
如何やって愛するつもりだい?」

少女は即座に答えた。

「私なら、貴方を骨の髄まで愛せるわ」

僕は其の自信が一体何所から出てくるのか
皆目見当がつかなかったので、故を問うた。
すると少女は笑って答えた。

「だって、私は貴方を丸ごと煮しめにして、
人欠片も残さず喰べるつもりなのだもの」

少女は今時流行らぬ不思議ちゃんだった。

「ふむ。確かに其れなら僕を骨の髄まで愛せるだろうね」

何故なら、喰べることは愛することと
等式記号で繋げられるのだから。

「しかし残念なことに、僕は君に喰べて貰うことは出来ないんだよ」
「どうして?」

今度は少女が僕に問うた。
如何してもこうしても君、
「僕には二百年以上の仲の恋人がいるからね」
「・・・・そう」

少女は余り年相応では無い仕草で、
ため息を零して答えた。
そして、僕に一つ、注文をした。

「口付けて頂戴」
「・・・其れで君の気が済むのなら。
といいたいところなんだけど」

君、東洋の島国の言葉を知っているかい?
僕は再び少女に問うた。

「知らないわ」

少女は拗ねたように答えた。
恐らくはぐらかされた、と思ったのだろう。
先程の様子とは打って変わって子供っぽい其れに、
僕は方を揺らして苦笑った。

「其の島国の言葉では、≪キス≫という表記を逆さから読むと
≪好き≫になるんだ。
其れはつまり、≪好き≫で無いことの印が、
≪キス≫ということに、ならないかい?」
「・・・・・・・・・」
「まぁ、此れはあくまで僕の勝手な解釈だし、
君が僕の口付けを欲するのなら、望み通りしてあげるけど」
「・・・・、要らない」
「そう。なら、良い仔だ、お家へお帰り。
もうじき日が暮れて、少女の生き血を吸う化け物が現れるからね」

くしゃくしゃと、少女特有の柔らかい髪を撫でてから、
僕は少女に背を向けた。
そしてひらりと、振り返らない儘、
別れを告げる為の手を振った。

「然様なら、小さき乙女」








fin.