十二
双人並んで歩く、コンクリートの雑木林の中。
砂嵐のようなノイズの中に、会話が、罵声が、悲鳴が、電子音が、入り混じっている。
汚い、街。
そう、思わされる。否、そう感じざるを得ない。
人口密度ならライブ会場の方が当然高いであろうに、此処は、
盛り上がり賑わうそれとは全く以て似ても似つかなかった。
(ああ、気持ち悪い)
それでも滅入る己を叱咤し、気を紛らわす為に隣を整然と闊歩するヴォーカリストを見やる。
ビル風に靡く銀糸が、酷く目に滲みた。
「・・・ぁー・・・・・・」
「どうした?」
(ああ)
何故、この雑音の嵐の中で、聞き取れるのだろうか。
僕みたいな、光の中に存在することすら許されないモノの、声を。
「スマイル?」
「何でも無いよ。気にしないで」
へらりと平たい笑いを返して、歩みを緩めた彼の前を行く。
今面を見られたら此方の気を感付かれるのでは、という可能性を回避する為だった。
が、それは敢え無く、悉く無意味な愚行と化した。
「虚勢だな」
「何が?」
「お前の存在の仕方全てが、だ」
「なぁに其れ」
とうとう脚を止めたユーリに、僕も術無く彼と一メートル間隔程度の位置で立ち止まる。
へらりと笑って見せるが、それすら徒労、悟い彼は、此方に近付くこと無く続ける。
「別にそう笑って誤魔化さなくとも、構わない。私は、汚い点も綺麗な点も含めて全てのお前を愛しているのだから」
「・・・」
「透明人間だとか吸血鬼だとか、種族なんて関係あるものか。莫迦らしい。
そんなもの気にし過ぎていると、その内己を見失うぞ」
「ユーリ」
「何だ」
「クサいよ」
再び喧騒の中へ脚を進め始める。
(ああ何でこんな会話するんだ。しかもこんなときにこんなとこで)
背後から、ヒールのかつかつという靴音が聞こえる。仕方無しに彼も歩き始めたのだろう。
「ユーリ」
「何だ」
(ああ本当にどうしてこの人は)
「・・・有難う。愛してるよ」
「・・・」
返事が無い。今の今迄聞こえといてこれだけ聞こえてなかったら正に傑作だろうに。
否しかし今のは真面目に聞こえていたら若干所じゃあ無い程恥ずかしい気もする。が。
「・・・どう致しまして」
聞こえてるし。
(畜生)
双人歩くのを止める。
赤信号だった。
しかし普通の十字路ならば良かったものの、都会故にか、此処のは横断歩道の白線路だけで六、よって歩行者信号なぞ十二も有った。
因み四つの自動車信号は全て碧。
(赤目が沢山)
酷く厭過ぎる光景だった。
まるで彼の綺麗な目が十二有るようでもあり、僕の汚い目が十二有るようでもあった。
(やばい気持ち悪い)
流石にこの人混みにこれは無いだろう殺す気か、と激しく毒づく。
酷い目眩がする。
無意識に、彼の外套を握り締めていた。
彼は、何も云わないまま、その握り締めている手を取った。
「ユ」
「吐くなよ」
「・・・うん」
沢山の赤目が、沢山の碧眼になった。
流れ出す人間濁流と共に、僕を引く彼の背中が、至極大きく見えて、一瞬僕が小人さんになったのかと思った。
(ああ)
目眩の性為か、それとも彼の冷えた掌の性為か、くらりと地球が回った。様に思えた。
( )
愛されるって何だろう。
fin.