秒数え


「年、明けるね」
「あぁ」
「数えないの?」
「何故」
「だって皆数えるよ」
「ふぅん」

北風が、刺すように頬を掠める。
懐中時計を弄る。間もなく、全ての針が重なるのであろう文字盤が、月灯りに光っている。
特に何を思う訳でもなく眺めていると、横から遮るように蓋を閉められた。

「数えなくても、お前はそこに居るのだろう?」
「さぁ?」
「…」

厭らしくにやぁと笑って、再び蓋を開ける。

「ほら、あと一分切った」

時計と僕を繋ぐ鎖を引いて、見せつけるように掲げる。

「数えよう?」
「勝手にしろ」
「……………ねぇユーリ、君は、ずっとそこに居るんでしょう?僕の隣に、僕が死ぬまで、ずっと居るんでしょう?
這いつくばってでも、僕を抱き締めに来て、くれるんでしょう?」
「…あぁ」
「じゃあ、君が数えなきゃあ。君が数えて、明日も来週も来月も来年も、僕が此処にいることを、噛み締めなきゃあ。
君しか居ないんだから」
「…」
「僕には、僕の世界には、君しか居ないんだから」
「…スマイル、それは反則だろう」
「どうして?」
「……もういい」

溜息と共に、此方の肩を抱き寄せられる。
低体温であるはずの彼の体は、何故か酷く温かく感じられた。

「数えれば、良いのだろう」
「うん」

首に繋げた儘の懐中時計を、手渡す。
恐らくあと数十秒も無いだろう。
睫を伏せて、体重を彼方に委ねる。

(ああ、いつまで僕は、)

「そろそろ数えるぞ」
「―ん、宜しく」
「お前は?」
「僕は、今年最後の君のテノールを聴くの」
「…」

訝しむように首を傾げられるが、僕はそれを無視し、笑って促す。
「ほら早く」
「……………拾、仇、――」

秒読みが、部屋と、僕の脳に、響く。

「――…参、弐、壱、…零」
「ユーリ」
「何だ」
「A happy new year」



今年最初の、口付けを。




fin.