大脳新皮質
軋んだのは、寝台に縫い止められた僕の隈躯か、はたまた僕の心か。
「、ユーリ」
元々殆ど剥き出しであった素肌に、彼の冷えた唇と細長い指が這う。
くすぐったい感触は、徐々に熱を煽る。
「ね、ぇ、ユーリ」
「何だ」
「大脳辺縁系ってねぇ、生物の感情を司ってるんだって」
「ふぅん」
生暖かい舌が、血管を探る様に首筋を辿る。
軌跡に残った唾液が、体の熱を奪ってひやりとさせた。
しかしその冷たさも、矢張りただ熱を煽る要素に成り果てる。
「っ、だからねぇ、僕はそんなの、棄てちゃいたいんだ、ぁ」
「何故?」
荒れ出した呼吸に妨げられ、紡ぐ言葉は途切れ途切れになる。
体が、酸素と、快楽を、求めていた。
「嫉妬する、自分が、厭な…んぅ」
耳朶を舌で舐られ、無意識に体が弓なりに反った。
まるで耳を犯す様に軟骨を咬まれ、唾液を耳道に流し込まれる。
彼は、僕の弱い箇所を、熟知している。
「嫉妬云々はお前の勝手だが、その辺縁系とやらが無くなれば、私を好く感情すら、無くなるのではないのか」
「・・・」
「性欲も、愛情も、何も無くなるのではないのか」
漸く耳を解放した彼は、そう云い聞かせ乍ら、耳のすぐ下の首筋を小さく舌で吸うように口付けた。
シルシを点ける為に。
「ぁ、ぅ」
「それでお前は、良いのか」
「知らな、い。気持ち悪いんだもの」
この泥泥した厭な感情が。
気持ち悪いから、要らないんだ。
「莫迦が」
「何」
「嫉妬されることは、私にとって喜ぶべきことだ。そこまでお前に愛されている証だ。何故破棄しようとする」
「ユーリ」
「それともあれか?お前は私を愛したくないのか?」
「違、う」
彼は滅多に人前で笑わない。
嘲笑冷笑はあれど、微笑なんて。
「なら、そんな莫迦なことを云うな」
彼は、僕の目を見て、忌々しい左目も含めて双眼を見て、微笑んでいた。
「・・・うん」
知らずの内に、僕も笑って頷いていた。
「ごめんね」
「何故謝る」
「ごめん」
彼の白い首に腕を回して抱きしめる。
「有難うユーリ」
「如何致しまして」
深く、唇を塞がれる。
しかし舌が侵入してくる気配は無く、只塞がれているだけだった。
持て余された手が、下着を剥ぎ取る。
「、ふ、ぅん、何処までする、の」
「さあ?」
「変態、」
「今更」
つぅ、と指先が腰のラインを確かめる様に走る。
下半身に収束された熱が、波打った。
「ああ、ぁ」
「細いな」
腰をなぞった指は、腹筋を辿って熱源へ。
反射的に、首に回したままの手が彼のブラウスの背中を握った。
「ゃ、あ」
「もう戻れんぞ」
(それは、どちらの意味?)
朦朧と霞掛かる脳の隅で、問う。
(僕らはもう、何処にも戻れないのに)
直に触れられてしまった熱に、僕は女々しい嬌声を上げる。
これは誰の声?
僕の声?
気持ち悪い、娼婦のようなこの声が?
ぞわりと背筋に走ったのは、寒気なのか快楽なのか、はたまた両者なのか。
「っ、ユーリ、ぃ」
「何だ」
「ぁ、離さないで、僕を、」
「・・・」
「ずっと、繋がって、いて」
「物理的に?」
「精神的に、だよ、変態!」
「ああ」
会話中も絶えることなく執拗に受けた愛撫により、絶頂が其処まで来ていた。
いつもより早く感じるのは何の性為かと考えるも断念せざるを得ない状態の僕は、
「無論。死ぬ迄愛しているよ」
一瞬ホワイトアウトした脳に、その言葉が厭に心地良く木霊した。
ああ例えその言葉が偽善だったとしてこの忌々しい脳髄が朽ち果てるまで愛していてくれますか。
fin.