ゆめとうつつといまわしききおく



「寂しいよ」

呟いた言葉は虚しくも何の余韻も無く虚空に掻き消える。
シーツを強く握り締める蒼い手が、酷く気持ち悪くて吐き気を催す。
鼓膜を震わせる音と云えば、自分のひぅひぅという耳障りな呼吸音と、
城内の何処かで一刻毎に石畳に鳴り響く大時計の重苦しい鐘の音のみ。
今日だろうか明日だろうかと只ひたすらに待ちわびる瞬間は、僕の死か彼の目覚めか。
何時息途絶えるか判らない骨と筋でのみ構成された四肢を抱き締める。

(冷たい)

彼が眠ってから、何も口にしていない。
誰にも会っていない。
城の重たい扉は絡みつく太い荊に覆われている。
全ては彼の眠りの為。
全ては彼の目覚めの為。
その白くしなやかな腕に抱かれる夢を見て、乾いた瞼を伏せる。

(もう待ちくたびれた、よ)




















どれほど渇望したのだろうかその腕を唇を声を瞳を体温を愛撫を愛情を存在を。








視界が闇に覆われたのは、僕の瞼の裏側の闇の性為では無かった。とした。ら。



闇色の装束に深紅の羽が生えていた。とした。ら。



待ち望んだ全てが赦された。とした。ら。



「、、、あ、あ、あ」



幻影に、頬を生暖かい滴が伝う。

幻?幻影?夢?正夢?
否それは



比喩ではなく死ぬ程待っていた。


腕が、幻触にしては余りに暖かく力強い腕が、僕を抱き締めた。




「おはよ、う?」



掠れる喉を絞って尋ねる。
これは夢これは夢これは夢これは、夢?

苦しむだけの夢なら捨ててしまいたい。のに。

目覚めは到来しない。



「お早う」



軽々と抱き上げられ、その優しすぎる腕に抱き込まれる。
強く強く、肋骨が折れる程抱き締められる。



「嘘、だ」
「嘘では無いよ。私は、ここにいる」
「信じたいよ」
「信じて良いよ」
「期待するのはもう厭なんだ。裏切られるのはもう厭なんだ」
「裏切らないよ」
「だって!」

嗚咽と涙でぐしゃぐしゃに皺寄った顔を上げると、彼もまた泣いていた。




「永らく、待たせて、すまなかった」
「ユ、ーリ、」
「待っていてくれて、有難う」



もう一度強く抱き締められたその胸に涙で染みを作る。

「あ、あ、あああ」

子供のように泣きじゃくる僕の頭を優しく撫でる手は、夢ではなかった。







ら。



良かったのに。













「、嘘、だ」



夢だった。

抱き締めたその腕も、撫でた掌も、濡らした胸元も。

孤独に苛まれる日々も。









目覚めた目前にあったのは、彼の緩く着られたワイシャツと、垣間見える胸元だった。

僕は彼の寝台で彼の腕の中で眠っていたのだ。


忌まわしい夢を見ながら。

(懐かしい、あれは)

夢では、無い。
無意識のそのまた奥にしまい込んであった、紛れもない僕の、記憶。


「、ひっく、」

自然と、嗚咽が漏れた。
まるで夢の続きのように。

「、ひっ、、っえ」

泣き止まない嗚咽に、彼が目を覚ます。

「スマイル?」

訝しむように呼ばれた名前に、更に涙が零れた。

「ひっ、う、」
「如何した」
「何でも、な、い」
「何でもない訳が無かろう」

抱き寄せられた胸に顔を埋める。
彼の匂いがした。
それがまた涙腺を緩ませる。

「夢か」
「夢、だけど、現実だ」
「過去夢か」
「そ、う」
「いつの」

ぎぅ、と広い背中に回した腕に力を込めた。

「君が、眠ってい、た時の、だよ」

彼は黙って僕の頭をゆっくりと撫でた。
夢の続きのよう、に。

「ひ、ぅ、」
「未だ、覚えているのか」
「うん、」
「・・・すまない」
「謝らないで、よ」
「・・・」
「謝らないでいいから、もう、独りに、しないでよ」
「・・・」
「次に眠るとき、は、僕は君を殺して、死ぬよ」
「そう、だな」

暖かい口付けを額にして、彼は微笑む。

「一緒に、眠ろう」











fin.