情事情
彼は僕をあいしてると云った。
でも僕は生憎彼じゃなく彼をあいしていたので、内心せせら笑いつつ、丁重にお断り申し上げた。
「君をあいする余裕がもし僕にあったなら、僕は僕をあいするよ。
大体、君をあいしたとして彼が僕をあいしてくれなくなったらどうするの」
彼の悄げた獣耳が脳裏にフラッシュバックした
ところで目を覚ました。
そこは薄暗い城主の部屋の寝台の上で、とうの城主はと云うと僕の足元に腰掛けてこちらをじっと見つめていた。
「・・・おはよー」
「お早う」
「ユーリぃ」
「何だ」
「抱いて」
「何を急に」
云い乍らも肩口の包帯をずらして身を屈め口付ける彼のブラウスの背を握り締める。
「厭な夢を、見たんだ」
(嘘ではない)
「そうか」
僕の心持ちを知ってか知らずか、それを払拭するようにその大きく細長い掌で、僕の骨張った躯を撫で回す。
くすぐったさはそこには無く、有るのは只貪るべく快楽。
「、」
息を詰まらせるような声が洩れる。
声を出すことで、快を上手く受け流すのだ。
こんな風に。
「、ぁ、あ」
殆ど肉の無い、うっすらと肋骨の見える胸の頂点を長く伸びた爪の先で摘まれ、
背がぞくりと粟立つ快感に耐えかねた僕は、先刻より尚鼻に掛かる甘ったるい声を吐く。
そして彼もまた、僕の女のような嬌声に快を感じざるを得ない。
「スマイル、」
低く囁かれる名前が、僕の内部までベース音の如く重く留まるように響く。
「ん、脱ぐ、」
自らいつもの緩く着られた茶のトレンチコートの釦を外すと、彼は露わになった素肌に唇で触れた。
「あのねぇ、ユーリ」
「何だ」
「狗君に告られたよ」
「ふむ」
生返事をしつつ緩慢な動きで下腹部に舌を進める彼にほとほと呆れ乍ら、僕は続けた。
「ねぇ、もしも僕が彼に抱かれたら、どんな気持ちになる?」
「・・・気持ち悪いな」
「へぇ」
嫉妬なんて彼には微塵も無縁な気がしたから、きっとそれは独占欲なのだろうと思った。
でも、悪い気はしなかった。
(要するに僕は彼に独占されていたいんだ)
深層心理にも似た感情だった。
気付いて、自嘲した。
「んぁ、ぁ」
彼が僕の下腹の熱源に触れていた。
受けきれない快楽に躯が弓なりに反り返る。
突き抜けるようなその感覚が、僕の脳と視界を弛ませる。
「ユ、ーリ、っぁ、う」
続け様に与えられる愛撫の刺激が悦過ぎて、脳内麻薬物質が大量に溢れ出たかの如く、
思考回路が麻痺し始める。
目頭が生理的に流れた泪で熱くなる。
「ふ、ぁ」
「…可愛いな」
ぼやいて、下腹から離れた唇で今度は額に愛しむように口付けを施される。
少しだけ、くすぐったかった。与えられた愛が。
「可愛い、なんて歳じゃあ、無いでしょう」
「可愛い」
「聞けよ」
「聞かないよ」
彼の細長い指に弄られているそれが酷く熱くなっているのが解った。
思わず閉口して彼の背後に回した腕に力が入る。
「はぅ、あ」
「熱い、な」
「、うん」
判るならどうにかしてくれればいいのに、彼は焦らす様に、否、明らかに焦らすつもりなのだろう、
ゆるゆるとした鈍い刺激しか与えてくれない彼に、些かの苛立ちを覚えた。
「、ユーリ、っ」
「何だ」
「焦らさな、も、や・・・」
淫らだとか、恥じらいなんてとうの昔に置いてきてしまったのだろうか。
それとも、麻痺してしまったのだろうか。
ヨがることに何の抵抗も感じなかった。
「淫乱」
「どうとでも、」
歪んだ視界の端で、彼の薄い唇が嫌味に釣り上がったのが見えた。
「うわ、ぁ、や」
くわえられた。
口腔内の生暖かい温度に耐えられず、危うく白濁のそれを彼の口内に吐き出すところだったのを、
すんでのところで堪えた。
「は、ぁ、んぅ、だめ・・・」
「何が?」
「ちょ、喋らない、で」
吐息と共に、イっちゃいそう、と呟いた声を、彼は鋭敏に聞き取って、冷笑う。
「耐え性無し」
「耐えてる、もん」
「あとどれ位?」
「さぁ、一分無い、かな」
「耐え性無し」
「ユーリが、悪い」
こうして気を反らしても紛れることの無い絶頂の到来が、リアル過ぎて厭になる。
「駄目、離して…っ、」
「何故?」
「汚れ、っやぁ、」
「出しなさい」
「っふ、くぁ、あ、ユ」
全身の筋が、四肢が、強張った。
少しでも受理する絶頂感を抑えようと、無意識に爪先が突っ張り、回した手が背に爪を立てる。
何も考えられなくて、只只与えられる快の衝撃を受け流した。
「やあぁ、あ、あ」
暗闇から白日の下に引っ張り出されたかのように、何もない白い視界に侵される。
自負する程薄っぺらく脆気なわい躯を強く掻き抱く腕の感触が、胎内にいるような錯覚を起こさせる。
「・・・ユーリぃ」
「何だ」
「挿れないの?」
「・・・挿れない」
何で、と頬に伸ばした手を、両の手で包まれた。
「お前、今体調悪いだろう」
(どうして)
「判るよ。触れるだけで」
「・・・別に、挿れたかったら挿れて良いよ」
「しない」
「したくないの?」
随分と嫌われたものだ。
もう飽きられたのだろうか。
脳裏に、棄てられる、という五文字がよぎって、一瞬だけ畏怖を感じた。
「飽きてるんじゃない。気遣ってるんだ」
「へぇ」
「本当だよ」
手近にあったシーツを首元まで掛けられる。
どうやら云ってることは真実らしい。
と、判断するのは安直なのだろうか。
でも僕は、
「冗談だよ。ユーリが僕にそんな下らない嘘つく訳がないもの」
「有難う」
「こちらこそ」
慈しむ様に唇を啄まれ、両頬を掌で優しく包まれた。
その手が僅かに暖かく湿っていたのは、僕の先程の熱の性為か、彼自身の熱の性為か。
「興奮してる?」
「具合の悪いお前に世話になる程では無い」
「ひひ、失礼しちゃうなぁ」
再度小さく、母が子に与えるような接吻をして、彼は身を退いた。
「お休みなさい。全ての傷が癒える迄」
(それじゃあ一世紀経っちゃうよ)
思い乍らも、シーツを口元まで手繰り寄せて、僕は小さく笑った。
「うん、眠るよ。君が僕を犯せるようになる迄」
誰かが云った
眠たい人には眠りが必要なのと同様に、
死にたい人には死が必要なのだ、と
(愛されたい僕に必要なのは、愛なんだよ)
fin.