自傷癖の猫

口の端から紫煙を逃がし、氷とガラスの衝突音を小気味良く鳴らしながらスコッチを煽った。アイラ島のシングルモルトだったと思う。スモーキーなピート臭の中に混じる潮の香りが僕の機嫌を良くする。夜な夜な営まれるこの時間が僕は好きだったが、ユーリに言わせると「内臓の自傷」だそうだ。なるほど肺と胃と肝臓に負担をかけるのだからそうと云えばそうなのだけれど。
「煙たい。窓を開けろ」
ぴしゃりと放たれた冷たい声に酩酊から意識を持ち上げる。見れば蝙蝠羽を携えたシルエットがドアの向こうから伸びていた。
「珍しいね、お腹でも減ったの?」
「血はいらん、酒を出せ」
「いつから僕の部屋は場末のバーになったのか知らん」
笑いながら軽口を叩いて、棚からグラスをもう一つ取り出す。彼の酒の趣味は僕と大差ないから、同じもので構わないだろう。
「ポートシャーロットのヴィンテージか、悪くない」
からからとグラスを回しながら一口含んで、ユーリも機嫌を良くする。ほら、彼もこの味が好みなのだ。それが何だか嬉しくて、僕はベッドの上から彼の隣―部屋の隅のソファに移った。
「内臓の自傷じゃなかったの?」
「お前のような飲み方はせんよ。1杯飲んだら眠る」
「ええーつれないなあ。煙草はいる?」
「紙巻きは好かん」
そう云う口で僕の差し出した紙巻煙草を軽く咥え、ライターを差し出すと大人しく火を吸いこむ。長い指が口元にあてられ、開いた唇から細く長い煙を吐く。映画のワンシーンのような所作に見惚れていると、彼は吸っていた煙草を僕の口元に押し当てた。
「あとはやる」
「どーも」
間接ちゅーだね、と思春期の子供のように笑ってやると、綺麗な眉間に皺が寄った。
「口付けなんていつもしているだろう」
「そうだけど、さあ。何かいいじゃない」
「解せんな」
彼は口直しのように酒を含んで、ほう、と吐息を吐く。そんなにお気に召したろうか。
「ねぇ、たまには僕が酔い潰れるまで付き合ってよ。今ならラフロイグの18年もつけちゃう」
「何故私がお前の自傷行為に付き合わねばならんのだ」
「じゃあ君が痛めつけてくれるのかい?」
グラスと煙草をサイドテーブルに預けて、彼の膝に乗り上がる。彼の彫刻のような手が伸びてきて僕の髪を撫でる。耳にかかる指がくすぐったい。
「ねぇユーリ、君になら僕、何されても構わないと思ってるよ」
「ああ」
そうは云うけれど、彼が僕に酷いことをすることはここ数百年で殆どなかった。整った爪が僕の唇をなぞり、頬を包む。酔い始めた体に冷たい手のひらが心地良い。
「ねぇユーリ」
「何だ」
「飲み終わったら、添い寝して。何もしなくていいから」
「……構わんよ」
それから僕らは他愛もない話で数杯煽り、冷たいシーツに温かい体を潜りこませて、ぬくもりを求める猫のように二人で体を引っ付けて眠った。いつもより傷つかずに済んだ内臓は、未だ僕を彼の傍で生かし続けるのだった。