猫のお話
「今日ね、猫見たの。」
カウンターに腰掛けて、子供のように足をぷらぷら揺らしながら云う。
「へぇ、そうっスか。」
だから何だとでも云わんばかりに、適当な言葉を返して
おたまで鍋の中身をかき回すアッシュ。
あー、興味無さそう。
せっかくの素敵なお話なのに。
「そこでさぁ、≪どんな猫?≫とか訊かないかなァ?」
「・・・どんな猫っスか?」
さも面倒くさそうに返される。
でも、せっかく訊いてくれたので
僕は嬉々として答えた。
「薄茶のね、トラ猫。」
「普通じゃないっスか。」
「でもねェ、その猫喋れないの。」
ぱたぱたと前後に足を揺らしながら続ける。
「口がきけないの。何でだと思う?」
「さぁ・・・舌が無いとか。」
「ぶっぶー。はずれェ。正解はねェ、」
ぴた。足を止める。
「喋るための機能が、停止してるんだよ。」
「よく分からねぇっス。」
アッシュは呆れながらお皿にスープを注ぐ。
分からないかなァ、と呟いて小さく方を揺らしながら僕は笑う。
「停止してるってことは、前は動いてたってことだよ。」
「や、だから?」
「だからァ、要するに死んでるってことなんだけど。」
「・・・・・。」
「肉片が周囲一メートル内に散らばっててねェ、
腸とか胃とかがべろんってはみ出しててねェ、」
「・・・もういいっス。」
思わず想像してしまったのか、少しトーンの落ちた声で
制止をかけられる。
「赤いクッションの上に寝てるみたいだったの。」
だが、アッシュの制止など普通にスルーして僕は続ける。
「誰もねぇ、構ってあげないんだヨ。
見て見ぬふり。知らんぷり。」
「スマ・・・。」
「可哀そうだから白いハンカチかぶしてあげたの。」
「スマイル・・・。」
「そしたらね、その上からトラックが轢いちゃって、
ハンカチ真っ赤になちゃった。」
「スマイル。」
「何?」
わざとらしく、今更ながら返事をすると、彼は
今の話なんか無かったように
「ご飯出来たんでユーリ呼んで来て下さい。」
酷い。非道い。
せっかく人が可哀そうな猫のお話してるのに。
でも、僕は良いこだから「うん。」と頷いて
カウンターから飛び降りた。
「ユーリィ、あのねェ、今日猫見たの。」
fin.