共依存




「・・・・・。」

纏わりつく湿気に眉を顰めながら、窓の方に視線を向けた。
相変わらずの豪雨。
窓を叩くように降り注ぐ其れは、一体何日間続いているのだろうか。
5日、6日・・・・もうそんなに。
カレンダーの日付を目で追いながら思う。
小さな溜息を漏らして、読んでいた本を閉じる。
どうも、雨の日は鬱に為りがちだ。

「―ウォーカー・・・。」

ウォーカーと云う名の其の人は、今までほぼ毎日、
この屋敷を訪れていた。
だが其れは、≪今まで≫であって、
≪今も≫ではない。
恐らく、この雨に憚られて、来ように来れないのだろう。
仕方ない、こんな雨模様では。
時折遠くに見える雷光にまたも溜息を吐いて、腰を上げる。
呆けていても仕方がない。

「メバエ、お茶にしましょう。」

傍らにいた、小さなメイド達に声をかける。
魂を持たない人形の其れは、しかしある程度
自分で動く力を持っていた。
ぺこりとお辞儀をして、お茶の用意を始める。
いつもなら、この時間も彼と一緒に過ごす筈なのに。
何処か寂しさを拭えないまま、キッチンへ足先を向ける。
が、その足はキッチンの床を踏む前に止められた。

玄関に、来客を告げる鐘が鳴り響いたのだ。

「・・・?」

空耳か。あるいは風の悪戯か。
こんな雨の中に、こんな辺鄙な所へ来れる人など居る訳が無い。
しかし、だからと云って無視は出来ない。
迎え出ようとするメバエ達を制し、自ら玄関へ向かう。

一瞬、もしや彼では、という期待が脳裏を過ぎた。
だが、幾らなんでも、其処までする人じゃないし、
其処までされるほどの価値は私には無い。
そう考え直し、自ら期待を押しつぶす。
期待など、するだけ自分が傷つくだけ。
それは今までの長い年月の中で、重々理解している。
だから、期待は、しない。
希望は、持たない。
自分に云い聞かせるように心の中で唱えて。
ゆっくりとドアを引く。
誰も居ないことを願って。
彼でないことを願って。

「・・・・。」

外の光が、帯状に広間を照らす。
やはり、誰も居ないのだ。
そう思いながらも、確認のため、
人が入れる程度までドアを引いた。

ぽたぽたと滴り落ちる水滴。
しかし其れは、屋根からではなく、白衣の裾から落ちていた。

「ぁ・・・・」

ドアノブを握る手が、震えた。
何故。嘘。そんな筈は無い。
こんな雨の中、こんな所まで。
来るはずがない。
来る理由が無い。
無い・・・・。

「ジズ。」

3日ぶりに聞いた声。たった3日されど3日。
優しい、温かい、全てを包み込み声。
聞きなれた声が、自分の名前を、呼んだ。
声音が、私の鼓膜を震わせた。

「ウォーカー・・・?」
「如何したの、そんな顔して。」

彼は、私の知っている何時もの笑みを、浮かべた。
いつもの。其れは、人にとって、一番落ち着くモノでは無いだろうか。
自分が今まで貴重な時間、長い時間を共に過ごした其れを、
いつもの、と呼ぶ。
常に、いる。
気付くと、すぐ側に。
当たり前すぎて気が付かない程に。
いつも、側にいる。
私にとって、その≪いつもの≫は、
ウォーカーの存在全てであった。
彼が居ないから、落ち着かないし、鬱になる。
≪淋しい≫とはまた、違う其れ。
どちらかといえば≪虚無感≫だろうか。
そして、そんな存在は今、3日ぶりに、私の前に立っていた。
何故か。
私如きの前に。
ずぶ濡れで。
微笑って。

「何、故・・・?」
「うん?」
「何故、来たんです?」

こんな。生きている価値も無い、幽霊の所に。
雨に打たれてまでして。
何故。

「・・・自惚れ、なんだけどね。」

彼は情け無さそうに、微笑みを苦笑へ崩した。

「君が、独りで淋しがってるんじゃないか、と思って。」

自惚れだけど。と彼は再度云って。

「あぁ、でも、その様子じゃ、多少なりとも淋しかったのかな。
「・・・・・。」

否定すれば、嘘になる。
肯定すれば、自分の弱さを認めることになる。
どちらを言葉にするでもなく、黙ってしまう。

「無言ってのは、僕的に解釈すると、肯定なんだけど?」
「っ・・・・・。」

云われた惨めさに言葉を詰まらす。
其れを見た彼は、笑いの声を漏らした。
今もし顔を上げたなら、片眉を歪ませて苦笑している土星頭が目に入るだろう。
と、雫を垂らしている手袋が、右頬に触れた。

「・・・ただいま。」

紡がれた言葉は、帰宅を表すモノ。
彼にとって、帰るべき所は此処である、と。
そう表すモノ。
とくん、と。
私の何処かで止まっていた歯車が静かに動き出した。
それは徐々に広がって、温かな流れを作る。

自分の手を、頬に添えられた一回り大きい其れに、そっと重ねた。

「・・・・・おかえり、なさい。」







合同本没案より