夢醒める




「何が、怖いの?」

突然の問いに、そこまで驚くことも無かったのは
其れが知った声だったからだろう。
月明かりが差し込む窓にもたれかかっている其の人は
一体いつから居たのだろうか、表情の読み取れない(当然だ)
面持ちで此方を見ていた。

「暗闇が、怖いの?」

彼はまた、問うた。
其の問いかけに私は、まさか、と笑った。

「暗闇を謳う者が、それに恐怖してどうするんです」

先程まで読んでいた本を閉じて、腰を上げる。

「じゃぁ、何が怖いの?」
「・・・何も。既に死を全うした身ですから」




「じゃぁ、何で眠れないの?」




・・・・この人は、何故

「何故、分かってしまうんですかね」

いつから、気付かれていたのだろうか。

「何でだろうね」

背後から、彼の腕によって抱き込まれる。
彼の白衣と私の黒い服が、重なる。

「ただ、君が夜中に本を読んでいるのが、
僕には、眠りから逃げてるように見えたんだ」
「・・・・・・」
「君は、眠るのが、怖いの?

彼の問いかけに、私は黙ってその優しすぎる腕に
そっと自分の手を添えた。
どうしてこの人は、全てを見通してしまうのだろう。
どうしてこの人は、私なんかに優しくしてくれるのだろう。
たかが一人の幽霊のことを気にかけてくれるのだろう。

「・・・・別に、怖くなんか、ないです」

耐え切れなくなって、彼の腕を振りほどき
キッチンへ向かった。
これ以上彼の腕の中に居たら、泣いてしまう気がしたのだ。

「お茶、淹れますから、座っててください」
「・・・うん、ありがとう」

火をつけて、お湯を沸かす。
横目で彼を見やると、先程私が読んでいた本を
手にとって、ぱらぱらと流し読みしていた。

「・・・ねぇ、ウォーカー」
「うん?」
「貴方は、怖くないのですか?」

眠って起きたら、今までのことが夢になって
しまうのではないか、と。

「・・・そうだね」

彼は本をぱたん、と閉じ
視線を遠くへやる。

「多分、本当は怖いんだと思う。
でも、もし此れが夢だとしても
やっぱり起きた時、君が居ると思う」
「・・・・・」
「君が居て、この家があって、僕は君の隣に
居るんだと思う」

そう云って彼は、半ば自嘲するように小さく笑った。
莫迦だ、と。

「あくまで、希望的な想像だ。
そうであって欲しい、と。
そうでないという予想が、僕には想像できないだけ」
「・・・・貴方しいですね」

べつに、彼らしいとはどういうものかは分からないが、
そう、思った。

タイミングがいいのか悪いのか、キッチンの方から
ヤカンがけたたましく音を立てた。
火を止め、ポットに注ぐ。

「貴方は、強いです。
強いから、自分の思う現実を、信じることが出来る」

そして私は、弱いが故に、自分の思う其れを
信じられなかった。
逃げて、逃げて、眠ることを、此処から離れることを、
何より恐れた。

「・・・君は、信じたいの?」
「・・・はい」
「君は、何を望むの?」
「・・・消えることの無い安息を」
「それは、何処にあるの?」
「・・・・・・貴方と共に有する、時間に」

ティーセットをお盆に載せてテーブルへ。
彼の隣に座ると、軽く方を引き寄せられた。

「、ウォーカー」
「お茶、飲んだら眠ろう。
何なら、隣で手握っててあげるから」
「・・・・」
「ご所望とあらば腕枕で一緒に寝てあげてもいいし」
「・・・・・分かりましたよ。眠れば、いいのでしょう」




きっと、貴方と一緒なら、大丈夫な気がした。
貴方なら、例え此れが夢だとしても、
目を覚ました時に隣にいてくれる気がした。



「感謝、しています。ウォーカー」
「それは、どうも」




fin.