平穏なる日々への感謝





何時も
常に
何が有ろうと
是が非でも
側にいるなんて
そんな馬鹿げた戯言
信じるわけが無いでしょう


幾ら其れを云ったのが貴方でも
私は其れを信じることが出来ないのです


そしてまた
其れを悲しむ自身の思考回路が信じられないのです







「・・・・つまらなく、ないのですか?」

私は、確認する為ではなく、試す為に、問うた。
彼は、騙す為ではなく、意を伝えるために、答えた。

「つまらなくなんか、ないよ」
「何故?」
「今の生活に、僕がこの上無く満足しているから」
「何故?」
「僕は平和主義なんだよ。何も無い、変化の無い平穏な生活程
理想的なものなど無い」
「何故?」
「だって、何も無いって、素晴らしい事だろう?」

彼は、私の問い質す様な口調に厭な顔一つせず、そう云った。

「・・・平和主義の最上級ですね、貴方は」
「其れは僕にとっては誉め言葉に当たるのだけれど、
そう解釈していいのかな?」
「無論です。誉めているのですから」
「有難う」
「如何致しまして」

間を置くように、一口紅茶を含んでから、今度は彼が私に問うた。

「君は、何にも無いというのを、如何思う?」
「・・・如何も何も、決して悪いことではないと思いますけど」
「そう」

君らしい曖昧な答えだね、と彼は笑った。
一体今の回答の何所が私らしいのか分からないので、
私ははぁ、と肯くしか術が無かった。
其れを見て、彼はまたもや笑った。

「・・・・何が可笑しいのですか」
「いや、可愛いなぁ、と思って」
「・・・訳が分かりません」
「分からなくてもいいさ」

彼の黒い手袋を嵌められた手が、
私の羽根付き帽子の上に置かれた。
此れではまるで子供扱いされているようではないか、
と、内心で毒づく。

「別に、そういうつもりじゃなかったんだけど」

一体何時から、読心術を心得たのだろうか此の人は。

「負の感情はね、伝わり易いし、読み易いんだ」

負の、感情。
マイナス、ネガティブ。
喜怒哀楽の真中二文字。

「機嫌、悪いんだろう」
「・・・・・・・・」
「ジズ」
「・・・何ですか」
「此方においで」

云われた通りに、彼の側へ寄った。
抱きしめられた。

「・・・・・・・・・・・・・何するんですか」
「抱擁」
「頼んでませんが」
「うん」
「苦しいのですが」
「うん」
「・・・・・・・・・・・・・」
「今どんな気分?」
「・・・・・悪く、無いです」
「其れは良かった」
「・・・・・・・・・・・何故?」
「君にとってマイナスになることなんて、したくないから」
「もっと分かりやすい回答は無いんですか?」
「君が何よりも大切だから」
「そんな恥ずかしいことを堂々と云わないで下さい」
「云えっていったのは君だろう」
「云ってません。勝手に意訳しないで下さい」
「まぁまぁ、イラついたところで何も得することなんか無いよ」

よしよしと、幼子をあやすように撫ぜられる。
余計腹が立ったようにも思えたが、でも不思議と落ち着いてしまった。
嗚呼我ながら情けないと思いつつも、其の心地よい腕に身を委ねる。


「・・・・有難う、御座います」
「何が?」
「さぁ。何でしょうね」






ただ、例え信じられなくとも、私の側に居る貴方に
何と無く感謝しようと思ったのです。









fin.