喰卓




ノイズ雑じりの字幕映画を眺める事数時間。
元々暇潰しに流していた様なものだった故に
隣に座るジズは名前の如く安らかに転寝をしていた。
僕の肩に寄り掛かる形で。

(・・・拷問か)

一人毒づく僕を余所に、彼は心地よさ気に寝息を立てる。
悪い気はしない、が。
些か酷であろう此の状況を、自分は耐えうるのか、
大いに心配である。

(可愛い、な)

今更ながら、人形の様だ、と思う。
端正な面立ち、長く整った睫、流れるように艶やかな髪、

・・・・何を考えているのだろう僕は。

彼から気を逸らす為に、無理矢理映画の方に集中しようと試みる。
しかし、肩に掛かる僅かな重みと温度に
如何しても意識が云ってしまう。

(確信犯、じゃあ無いのか)

思うものの此の状況、襲って下さいと云わんばかりでは、
と思われるのは勝手な解釈だろうか。

(いっそ喰べてしまおうかこの際)

少し身をずらして、彼の躯をソファの方へ凭れさせる。
さらり、と長く伸ばされた髪が流れる。

(可愛いのか、否、綺麗なのか)

柔らかい肌に触れると、少し呻く様に
彼が寝言を発した。

「ん・・・・・・」

(・・・・・・・・・まぁ、いいか)

僕は意識的に、理性の箍を解除した。



「・・・・っふ、ぅ・・・」

呼吸を奪われたジズが、酸素を求めて無意識の内に舌を絡めて来る。
経験上慣れてしまったその行為は、
矢張り彼の躯に染み付いているものだろうか。
頭の片隅でそう思考しながら口内を貪る。

「ん、ぅ・・・・・ぁ」

至近距離で彼の漆黒の瞳が現れるのが見えた。

「ウォーカ・・・ぁ・・・?」

解放した唇が互いの唾液で濡れていた。
部屋の灯りがテレビの其れだけであった為に
グロスを塗った様に見えて酷く艶かしい。

「・・・私、寝て、ました・・・?」

まだ荒い吐息の合間に言葉を紡ぐ。

「うん、寝てた」

寝起きと酸欠で焦点の合わないジズを余所に、
僕は彼の耳朶に下を這わせた。

「ひ、やぁ・・・・んっ、何でこんな・・・っ」
「欲情、したんだよ」

君の所為だ、と耳元で囁くと
彼は再度嬌声を上げて僕の白衣の背中を掴んだ。

「っ、だからって・・・ぁ・・・卑怯、です・・・」
「人聞きの悪いこと云わないでよ
君が油断し過ぎなだけなんだから」
「っぅ、此れじゃ強姦みたいで・・・っ」
「何、強姦されたいの?」
「違います・・・って、や、何して・・・ぁ」

彼が気づいたときには既に
僕は彼の衣服を全て肌蹴終わっていた。
此れは別に僕の技術が秀でてるとか云う訳ではなく、
単に彼が余りに鈍かっただけの話である。

「ウォーカー・・・っ」
「諦めてよ、強いるのは嗜好じゃあない」
「っあ・・・」

露わになった鎖骨を強く舌で吸う。
少なからず痛みを伴う此れに、
しかし彼は快楽を感じていた。

「痛いの、好き?」
「まさか、そんな訳無いで、・・・んぅっ」

言動を遮る様に点点と紅い鬱血跡を作っていく。
其の度に彼の躯は悦びを嬌声と白衣を握る手に表す。

「ジズ、実はマゾヒストなんじゃないの?」
「っぅ、く・・・違いますって・・・云ってる、っ、あ、ぁぁ・・・っ」

胸の突起を吸い上げたら、震えるように啼いた。
今までのとは違う、娼婦のように、甘ったるい、声。

「ふぁ、ぁ・・・やぁ、・・・ウォーカー・・・」

厭らしい声にぞくりとしながら、執拗に其処を弄り続ける。
既にソファに横たわる形になっている躯が
愛撫に堪えかねる様に撓る。

「気持ち善い?」
「・・・っ、そんなの分からな・・・っ、ぁ、んぁ」
「可愛い」
「やっ・・・ん」

本当に、可愛らしいと思う。
此の躯が、此の声が、此の吐息が、
全てが愛おしいと、思う。

(あぁ、早く喰べてしまいたい)

唐突に、ジズの細い指が、僕の頬を捉えた。

「ジズ?」
「・・・っや、です」

濡れた瞳と共に、彼は云う。

「ここじゃ、厭、です・・・っ」

(あぁ)

誘われるように彼に口付け、乱れた前髪に指を通す。

(喰べたい)

「ウォーカー・・・」
「うん。寝室、行こうか」

口惜しくて、もう一度浅く唇を合わせてから、立ち上がる。
横抱きにして抱き上げると彼は
びくんと躯を震わせて僕にしがみ付いた。

「っひ・・・ぁ・・・・」
「あぁ、ごめん。途中だったね」

半端に与えられた熱が、辛いのだろう。
声を抑え切れないのか僕の胸元に顔を埋める。

「我慢、出来る?」
「は、い・・・・・」
「善い子だね」

額に口付けてふと流しっ放しになっているテレビに気付く。
少し迷って、其の侭にする事にした。
ジズの熱くなった躯が悦楽に震えているのが酷く愛おしくて、
電源を切る一瞬すらも惜しくなったのだ。
そして何より。

(早く、喰べてしまいたい)

歩くときの僅かな振動ですら、彼には充分な程の刺激のようで、
腕中で其れに堪える姿が、艶かしく、そそられる。

「っ、ウォーカ・・・・」
「もう少しだから、ね」
「っん・・・・・」

果たして、寝台に辿り着くまで彼の熱は、
そして僕の理性は耐久出来るのだろうか。
否、それ以前に、彼にとっての寝台は僕にとっての食卓であろうが。

(愛おしいのか、狂おしいのか)






fin.