メルヒェン


セントジョンズワートが、リビングに心地良く充満する、穏やかな午後だった。

「実際の所、幽霊ってどういう仕組みなんだろう」

茶菓子に出されたスコーンを頬張り乍ら、テーブルを隔てた向こうで、優雅に紅茶を嗜む幽霊紳士を見やる。

「仕組み、と云いますと」
「メカニズムだよ。ここに存在する上での、分子レベルと迄は云わずとも
例えば食べた質量の行方、心臓は停止しているのに機能している脳」
「ああ」

漸く合点がいった様に呟き、手中のティーカップをテーブルに置く。

「・・・質量云々に関しては、体が消える時点で何とも云えないと思うのですが」

それも尤もだった。
しかしそれで納得出来る程、僕の脳は柔らかくは無い。

「それだ。そもそも如何して消えるんだい?
まして透明人間みたいに触れられる訳でも無いけれど実体化もする。理屈すら解らないよ」
「・・・勤勉な方ですねぇ」

また一口、香しい湯気が揺れる紅茶を上品に含み、微笑む。
その言葉に、一見嫌味に見えそうな棘が、本当は感慨の意であることを、その時僕は未だ気付けなかった。

「仕方無いだろう。これでも学者なんだ、探求心の固まりだよ」
「それでも学者なのでしたら鳥渡は御自分で考えたらどうなのですか」

くすくすと心底楽しそうに含み笑う彼の藍の瞳を睨めつける。

「考えたさ。それでも解らないから訊いてるんじゃあ無いか」
「そう怒らずとも良いでしょうに」
「だって君が」
「はいはい。少し悪戯が過ぎましたね」

まるで幼子を煽てる様に諭され、僕は仕方無しに口を噤む。
彼は淀みない手付きで彼と僕のカップに未だ温かい紅茶を注ぎ、自分のカップを手に取った。

(焦らされているのだろうか)

一口喉を潤し、カップの縁を細い指でつぅ、となぞる彼に、良い加減堪えられなくなりそうだった。

「ジズ、」
「―・・・メルヘン、ですよ」

唐突に発された言葉に、一時的に思考機能が停止した。

「・・・は」
「メルヘンです。この王国の全て、が」
「メルヘンって云ってもジズ、それじゃあ何の解明にもならないよ」

そもそも曲なりに紳士たる彼の口からその様な語彙が出てくるとは予想だにしなかった。

「それでも、メルヘンなのですよ。神の気紛れによる所作、と書いて、メルヘン」
「神、ねぇ、」

脳裏に少年の様な背丈の、妙に砕けた感じを受ける人物を思い出し描く。
これが、ジズの存在自体が、彼の気紛れだと?
馬鹿げている。そんな御伽噺、それこそ、メルヘンだ。と。

そこまで考えた時点で、ああ、と納得した。してしまった。

「だから、メルヘンか」

はは、とスコーンを摘んで些か自虐的に笑う。
当の彼はというと、やっと理解したのか、とでも云いたげに、ほくそ笑んでいた。

「とんだ星だなここは」
「何を今更」

僕も彼に倣ってゆっくりと紅茶を飲む。
何故か、自然と頬が緩んでいた。






fin.