甘え方





挙動不審。
とまでは云わないけれど。
何かおかしい、君の行動。
君らしくない。
何時もの君なら、紅茶の味はもっと甘い。
何時もの君なら、本はきちんと本棚の中。
何時もの君なら、今は散歩の時間。
気付かない筈が無い。
君は平然を装ってるつもりなんだろうけど。
何処かぎこちない。
でも、何て声をかけたらいいのか分からなくて。
どうすればいいのか分からなくて。






「ねぇ、ジズ。」

返事は無い。
すぐ隣にいるのに。
何をしているわけでもないのに。

「・・・ジズ。」

二回目。
ジズはまだ気付かない。

「ジズ。」
「ぁ・・・・。」

肩に手を掛けると、やっと気が付く。

「・・・何、でしょう?」
「何でしょう、じゃないよ。
どうしたの?今日ちょっとおかしいよ?」
「・・・何でも、ありません。」

少し曇った顔で俯く君。
幽霊だからって、表情が無いわけじゃない。
君はきっと、気付いてないだろうけど。

「何かあったの?」
「・・・何もありません。」

嘘。
何も無かったら、何でそんな顔するの。

「何があったの?」
「・・・何もありませんって。」
「本当に?」
「本当に。」

どうして平気で嘘つくの。
仮面が隠してるのは顔の片側だけ。
全てを隠してるわけじゃない。
全てなんて隠せない。
偽りの自分なんて作らないで。

「ジズ。」

細い腕を軽く引っ張ると、
とっさの事に反応できない体は
僕の方に倒れてくる。

「っ・・・・」

流石に動揺したのか、憂っていた表情が揺らぐ。
それでも未だ力の入らない体を
自分の膝の上に座らせる。

「・・・・?」

訳が分からず、ジズは僕の胸に倒れこむ。
いつもなら、何するんです、とか云って逃げようとするのに。

「ねぇ、ジズ。」

出来る限り優しく、その細い体を抱き寄せる。
ジズも、ゆっくりと僕に体重を預ける。

「何か、あったの?」

先刻と同じ問い。
けれど、返ってきた答えは同じじゃない。
ジズが、腕の中で小さく頷く。

「聴かせてくれる?」

紅い羽飾りが、静かに揺れる。

「聴いて、くれます?」
「うん。」

呟くような、か細い声。
何が、君を此処まで堕としたのだろう。

「この間、書庫を整理していて、
ある本を見つけたんです。
小さな、日記でした。
随分と古びて、崩れそうな位の。
誰のだったと思います?」
「・・・・まさか、君の、とか?」

そんなはずは無い。
彼が死んだのは、此処じゃない。
海の向こう、ヴェネツィアという街だ。
それも、何百年も前の。

「その、まさかです。」

ジズは続ける。
心なしか、苦しそうに。

「名前も、内容も、白の記憶と一致しました。」
「・・・・。」
「白が云うに、まだ読むべきじゃないそうですが。」
「・・・・君は、読みたいと思うの?」
「・・・・・分かりません。」
「そのことで、今日悩んでたの?」
「すみません・・・。」

徐々に、ジズが何時も通りになっていく。
表情も、口調も。

「別に謝ることは無いよ。
君は何も悪くないんだから。」
「はい・・・。」
「あ、でも一つだけあるな。」
「何です・・・?」

ジズが腕の中から見上げてくる。

「何かあったら、ちゃんと教えて。
云ってくれないと分からないコトだってあるんだから。
自分の中に溜め込まないでよ。
ちゃんと聴いてあげるからさ。」
「はい・・・・。」
「もっと周りに頼って。もっと自分を大切にして、ね?」

僕の白衣を握るジズの手が、微かに震えた。

「私如きに、そんな権利はありません・・・。」
「・・・何故そう思うの?」
「だって、私は命を持っていない・・・。」
「そんなの関係ないよ。」
「でも・・・・」
「大丈夫。ほら・・・」

ジズの体を起こし、目を合わせる。

「君には体がある。心がある。声も、思いも、記憶だっていつか戻る。
白も、僕も、此処に居る。なら、権利だってあるよ。」
「・・・・・。」
「周りに人が居るってことは、
少なからず甘えていいってことになるんじゃ、ないのかな。」
「・・・・貴方が云うなら、其れが正しいのでしょう。」

ジズの腕が、遠慮がちに僕の首へ回される。
まるで、甘え方を知らない仔猫のようだ、と思う。

「私は、今まで甘えることを知らなかった。
頼ることを、許されてなかった。」

独り言のように呟く。

「だから、具体的に如何すれば分かりません。」
「自分のしたいようにすればいいんだよ。」

例えばこう、と云って
その華奢な体を抱き寄せる。

「ぁ・・・・」

回されていた腕に、力が入る。

「ずっとこうやってしてるとね、
だんだん落ち着いて来るんだよ。」
「・・・そうかも、知れません。」
「でしょ。」
「・・・落ち着きすぎて泣きたくなってきました。」
「いいよ、泣いても。」
「すみません・・・。」
「うん。」






ほら、君は一つ、甘えることを知った。
そうやって一つずつ、覚えていけばいい。
慌てなくても、僕はずっと君の側にいるから。





fin.