君のすべて、僕のすべて



「そろそろ、壊れても良い頃合いだと、思うんだ」
「は」

僕の、思考するより先に口から漏れる意識に、
彼は何時もの理解しかねると顔に書いたような表情をしてみせる。


「壊れる?何が?お前が?それとも私が?」
「まさか!」

予想外と云いたい所だが予想通りの返答に僕は大仰に両腕を広げて云った。

「そんなちっぽけなものじゃないんだ」
「じゃあ何だ」
「うふ、さぁ、ね。当ててみてよ」

どうせ暇なんでしょう。
爪を黒く塗る暇があるなら考えて。退屈に埋もれて死にそうな僕。を。

「ねぇ知ってた?爪を黒く塗るのは身売りの印しなんだって」
「…」
「ユーリはきっと高く売れるだろうね。僕なんかよりずっと。君の長ったらしい一生すら遊んで暮らせるよ」
「お前は?」

一瞬何のことか分からなかった。
話題の線路が三つ四つ絡み合っていたからだ。

「僕?さぁねぇ、幾らだったか知らん。
多分一番は幽霊紳士のお屋敷含む敷地内のモノ総ての所有権じゃなかったかなぁ」
「さいですか」

人に訊いといて何だろうその態度。
君の意識は未だ細長く整って伸ばされた爪の上。

「剥ぐよ」
「あれ?昔一度私の爪二十枚剥がなかったかお前」
「ん、あ、そうかも。
いいじゃない二十も四十も変わりゃしないよ」
「自分の剥げよ」
「厭だよ痛いじゃないの」

じゃあ手首は痛くないのかと皮肉る彼の言葉は無視した。











さぁ振り出しは何だったろう?
思い出せない僕は更年期障害。
思い出せない君は若年性アルツハイマー。









壊れたのは僕じゃない。
壊れたのは彼でもない。
壊れたのは僕と君以外の総て。
世界及び自然の摂理はたまた宇宙の果てまで。
僕と君を残して壊れて消えた。

ら。

良かったのに。









「お帰り狗君。今日の夕飯なぁに?」


世界はそう簡単には壊れてくれないようです。



fin.