とりかえっこ
「ユーリの羽欲しいな。頂戴」
最早日常茶飯事と化した唐突な問い掛けに、彼は呆れ顔を露わにする。
「莫迦か」
「ウン。莫迦でいいから頂戴」
「誰がやるか莫迦者。お前は私を殺す気か」
その言葉に僕はキョトンとする。
「何で?羽無いとどうかなるの?」
「なる。真っ直ぐ立てなくなる」
「それじゃあ猫の髭と一緒じゃない!」
豪語する僕の額を彼はワイングラスの角で小突いた。
中身が入っていたら僕の蒼い髪は蒼紫に染まっていたであろう。
「そうだね。猫と同じだ」
云いつつ彼は、猫と同類なのは僕の方だと思っているのだろう。
僕の猫耳でも妄想しているのか、此方の頭部辺りを見てにやついていて、
僕は多少不快感を覚えた。
「なあに、一人で笑っちゃって。厭らしい」
「いや、何も」
「じゃあさあ、僕のピアス一つあげるから、ユーリの爪一枚頂戴よ」
彼の爪はとても長くて綺麗で、僕の爪は長く伸ばすとベースやらギターやらの忌々しい弦に
ギザギザにされてしまうからちっとも綺麗に伸びてくれないのだ。
「爪は厭だ」
「じゃあ歯か目玉」
「何故私の一部分を欲するのか理解に苦しむのだが」
「だって、さあ、欲しいじゃない。愛しい人の一部分をずっと持ち歩くなんてロマンチック過ぎる」
「じゃあお前のピアスも一部分なのか」
「そうだよ。僕が生まれたときからしているんだもの」
「ふぅん」
彼の綺麗に伸ばされた、紅く血塗られたような色をした爪が、僕の左耳の、金のピアスを悪戯に突ついた。
「いいよ。交換してあげよう」
「何と?」
「毛細血管」
一瞬何の話をしていたのか解らなくなった。
僕等は交換の話をしていた筈だ。
毛細血管何て。
「私の毛細血管の瓶詰めと交換してやる」
「は」
「吸血鬼の血液はね、永久に乾きも流れもしないんだ」
いつだったか何処かの童話で読んだ、血の滴らない吸血鬼の生首の話を想起した。
メルヘンだと思っていた。
否しかしそれは残酷童話という名目の事実だった。
「いいよ、じゃあ頂戴」
目が覚めたら寝台の小脇に、いつの間に拵えたのだろう、瓶詰めの毛細血管が転がっていた。
それが本当に彼の物なのかは定かでは無いが、
毛細血管は先刻迄彼の肉の中に埋まっていたが如く、未だに小さく脈打っている。
fin.